ファランポーンで泊まったロフテル22のスタッフさんがカワイイです。
せっかく写真撮らせてもらったのにブレブレ。泣
写真を撮る時は荷物を置こうと心に決めた日。
このホステル
、綺麗だしスタッフさんカワイイのでオススメですよ。
ちょっと駅まで遠いのと、近くに屋台が少ないのがちょっと惜しい。
でもその分静かでした。
ファランポーン駅に歩いて行ってチェンマイ行きのチケットを買おうとするも、
『FULL!』の一言。
「明日は?」
『FULL!』
「明後日!」
『same!!』
「あいしーせんきゅー・・・」
チェンマイ行きの寝台列車楽しみだったのに残念無念。
そしてどうしようか考えながら2回目の予防接種をしにスネーク・ファームへ行くと、何やら日本人らしき人が用紙おいてあるあたりでウロウロ。
僕が受付に行って今日の受付をまたキョドりながらなんとか済ませて戻って来たら、
まだウロウロ。笑
日本人?と声をかけてきた彼の名前はカズキ。
群馬出身の歳上の新米旅人。
ちょうど僕と一週間違いの出発の旅人さん。
2人で「わかんねぇ」を連発しながらとりあえずなんとか予防摂取を済ますと腹が減ったので、シーロムで昼飯を食うことに。
サク「これからどうするの?」
カズキ「んーはっきりとは予定無いんだよね。この近く周ろうと思ってる。どっか行く用あるの?」
サク「今日はこれからタイの子と会う約束してる。明日からチェンマイに行こうと思ってたんだけど、チケットが満席で全然取れなくてさ。明日暇なら一緒にアユタヤ行かない?俺そのままチェンマイまで北上していくよ。」
カズキ「いーね!行こう」
ってことで、アユタヤへ。
野郎2人で華のない旅が始まるのでした。笑
朝にファランポーン駅で待ち合わせ。
駅のド真ん中で地べたに座るのも慣れたものです。
アユタヤまでは20バーツ。約60円。
各駅停車の鈍行で2時間程度。
タイの電車は30分遅れとか日常茶飯事なので、時間ギリギリの人は使わないほうが良いと思います。
僕は時間制限がないので、電車(正確にはディーゼル機車)ののんびりした旅が大好きです。
移動中、終始自撮りをし続けるコリアンガールとタイのお坊さんを眺めながらちょっとお昼寝。
アユタヤ辺りまでくるとバンコクとは全然違った田舎になります。
バンコクみたいにゴミゴミしていないので、気分も晴れてきます。
トゥクトゥクのおっちゃんおばちゃんは変わらないですけどね。
でもタイ人はしつこくないので、「no thank you」とちゃんと断れば諦めてくれます。
カズキみたいにオーケーオーケーと言ってはいけません。危うく乗せられるとこでした。笑
僕は疲れるけど歩きたい派なので、まだトゥクトゥクもタクシーも使っていません。
宿に荷物を置いて、ワット・マハータートへ。
タイの古都と呼ばれるアユタヤにはたくさんの遺跡があります。
その中でも一番有名なのがワット・マハータートではないでしょうか?
アユタヤと言えばこれ!ってほど有名な頭部が木に埋もれた仏像もここワット・マハータートにあります。
観光客に一番人気の撮影スポットになっています。
恥ずかしながらアユタヤで思い浮かぶのはこれしかなかったのですが、行ってみると敷地は広く公園のように綺麗に整えられています。
遺跡には頭部が無い仏像がたくさん。
昔、この仏像に付けられた宝石類を盗むために壊されたんだそう。
よく考えてみると日本の歴史って領土を獲ったり、領主の首を獲ったり敵討ちするのはあるけど、何かを盗むために破壊されるってことはなかったように思います。
場所が変われば歴史ももちろん違うから面白い。
ワット・マハータートを後にして、次はワット・チャイモンコン
アユタヤに来たらこの2つは行きたかったんですよね。
僕達の持っているイメージでは、もっと荒れ果ててるイメージだったのですが、すごく綺麗に整えられてました。
このあまり聞き慣れない名前の場所に何があるのかといいますと。
これ!!
ワット・ポーでも出てきました、涅槃像!
SLEEPING BUDDHA!!
僕ら世代の男ならおそらく誰もが知っているであろう『ストリートファイター』に登場するサガットと戦う場所ですね。
涅槃像は結構いくつもあるので、本当にここがその場所なのか定かではない気がしますが。
インターネットで検索すると、多くの日本人がいろいろと写真撮ってます。
が実際行ってみると・・・・
全っ然そんなフザケた雰囲気じゃありません。
タイの人たちは本当に真剣にお祈りをしています。
3分以上目をつむって線香持ってお祈りしている人もいました。
家族と思われる人たちが袈裟?を全員で持って涅槃像にかけたりと何かの儀式のような事もしているのも見ました。
この光景を目の当たりにして思いました。
僕はここでふざけた写真撮れないな。と
日本人は無宗教な人が殆どで、日本は仏教だろという方もいるかもしれませんが日本人の大半は仏教が何たるかをほぼ知らないと思います。
僕も含めて。
台湾に行った時もそうだったのですが、タイでも仏教に対する信仰心が日本人のそれとは比較にならないほど浸透しています。
例えばタイの人たちが真剣にお祈りをしている神聖な場所で、大声で話したり
建造物によじ登ったりして写真を撮る。もしかしたら爪で石仏を削ったり、ゴミを捨てる人もいるかもしれません。
それって日本人が日本に来る外国人観光客に言っている不満と同じですよね。
海外に行ってテンション上がるのはわかります。
遠い国まで来たから記念に残る写真を撮りたいのもわかります。
SNSに面白い写真をアップしてイイネたくさん貰いたいって気持ちもわかるんですが、
その為に現地の人達の神聖な思いを土足で踏んづけるようなことしちゃいけないと思うんです。
それがどんなに侮辱的な行為か、真剣に考えてみたら分かると思います。
自分人のふり見て我がふり直せと言いますが、自分を客観的に見るのは自分が思っている以上に難しいことです。
残念ながらタイに来てから日本人観光客の恥ずかしい素行が目につく事が何度かあります。
日本人観光客って意外と少ないから目立つんですよね。
僕が日本人だから、その人が日本人だってすぐ分かるから余計にそうだと思うんですが。
今回アユタヤを一緒に旅する事になったカズキは僕よりも社会経験も長く、僕も今年で30ということで、世界一周している旅人としては年齢が高い方じゃないかと思います。
もっと早く世界に興味を持って日本を飛び出せば良かったと思う反面、二十歳過ぎて間もないころにここに来ていたら宗教への理解も全然持ててなかったとも思います。
多分、「凄いなー綺麗だなー」で終わってたと思うんですね。
身近な宗教感やそれが与える心理的なところ、語学の大切さなど、多分若いころでは感じられなかったことを体で感じることが出来たのもカズキと出会ったお陰で、こういう出会にも全て意味があってベストなタイミングで起きてるんだろうと感じます。
思いやりとは「想いを遣う」ってこと
以前教えていただいた言葉です。
「想い」も「遣る」のも相手があって初めて成り立つんです。
相手の立場になって、相手が何を大事にしているか、何に憤りを感じるのかを理解して初めて始まるんですよね。
歴史上もっともインパクトが強くてデリケートなのは宗教の違いによる衝突だと思います。
僕も「お・も・て・な・し」と言っている国の人間である以上、外国に行く、また外国人と接する時に最低限の知識は勉強しておかないとなと強く感じています。
今回のタイトルと内容で不快に思った方もいたかもしれませんが
敢えて恥を知れと反感買いそうな言葉を使ったのは、それくらいタイの人達を侮辱してしまっているなと感じてしまったからです。
日本で観光地で落書きしてるような観光客がいたら怒りますよね?
以前僕も京都の由緒あるお寺の柱に海外の言葉で落書きがしてあったのを見て本当に腹立たしかったのを覚えています。
なんかそれと似てるなって感じたのです。
僕もユーモアあふれる面白い写真はもちろん好きです。
でもそれによって誰かが嫌な思いをするならエゴでしかないので、自分もこの気持を忘れないためにこの記事を書きました。
またなんか真面目になってしまったので盗撮した女の子の写真も載せておこうかと思います。
東アジアっぽい顔の人は大体中国人ですね。
次はアユタヤからタイ中部ピッサヌロークへ移動です!
それではまた!